聖教殿のお風入れと聖教護持

          中 尾   堯 (なかおたかし)
         (法華会理事 立正大学名誉教授 文博)

 毎年十一月三日の八時ころ、中山法華経寺の書院に、空の様子を気にかけながら、幾人かの人々が集まってきます。法華会の理事長さんをはじめ役員の方々、宗務院の部長さん、それに前日から近辺に泊り込んでいた寺尾さんと私というメンバーです。

 この日は、境内の一角にある聖教殿の扉が開けられ、この中に厳格に納められている日蓮聖人のご真蹟が、堂内で虫干しされる日です。早朝から雨が降っているか、湿度が異常に高い時には、この開扉は中止されるので、天候の具合を気にしながら集まるのです。大体午前七時の天候の様子をもとに、開扉が執り行われるかどうかが決定されるのです。

 このような段取りが毎年くりかえされるのは、現在の聖教殿そもそもの歴史に関わることなのです。日蓮聖人の第六百五十遠忌にあたる昭和六年(一九三一)五月三日に、優れた保存構造をもつ石造建築の聖教殿が、聖教護持財団の手によって完成されました。この財団が、中山法華経寺と日蓮宗、それに法華会の三者によって構成され、法華会の理事長が財団理事長をつとめる慣例として、今日に至りました。
聖教殿解説
左写真は、聖教殿の解説。
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 聖教殿の扉を開いて、日蓮聖人のご真蹟を拝するに至る鍵は三個からなっていて、聖教護持財団を構成する三者がそれぞれ管理しています。ですから、毎年十一月三日の開扉にあたっては、この代表者が集まり三つの鍵がそろわなくてはならないのです。豊かに伝わる日蓮聖人のご真蹟は、末法の世における法華経信仰の指針として、何よりも大切な聖遺物であることはいうまでもありません。とくにこの聖教殿には、国宝の『観心本尊抄』『立正安国論』をはじめとする、教義の根幹をなす数多くのご真蹟おさめられています。新造の聖教殿に納められてから七十余年にわたって、これらのご真蹟を護持する重要な役割を、法華会はずっと担ってきました。

 この日、参会した法華会の会員の控え所は、聖教殿のわきに建てられた奉仕殿です。十時から始まる開扉の法要に参列し、ご真蹟の虫干しに立ち会って、聖物が正しく護持されているかどうかを確認するのです。やがて、参詣者に拝観が許されると、二時からの閉扉法要までの間、奉仕殿の正面の部屋で信仰の時を過ごすのです。茶菓と精進の寿司を食べながら、法華経やご真蹟について語るこの一時は、互いの信仰を磨く上で貴重であるばかりでなく、さまざまな出会いの場として大きな意味を持ち続けました。

 昭和三十年代のはじめころ、この行事に参加した私は、山田三良理事長を中心にして、会の主だった方々が座談しておられる姿を、はるかに望見したことがあります。壮年時代の山中喜八先生が、聖教殿のなかに広げられたご真蹟を前に、細やかな解説を平易になさるのを聞いて、ひそかに情熱を燃え立たせたものです。私が「日蓮聖人ご真蹟の研究」という、まことに有意義なテーマを選ぶことのできた契機として、このような法華会の営みを忘れることはできません。「ご聖教を拝することは、日蓮聖人に直接お目にかかることです」と法華会の方が語られていましたが、そのような信仰心がそこに流れていればこそ、同席する人々の深い共感をうることができるといえましょう。

 開扉法要が終わると、檜造りの厨子の扉が厳かに開かれ、中から桐の箪笥が現れます。最上段の引出しには『観心本尊抄』が納められ、そのほかのご真蹟は棚の桐箱に分類して納入されているという、まことに厳重な保存構造になっています。開扉に時間がかかるのは、このような箱を一々開くのに手間取るからです。やがてご真蹟が全容を現すと、貫首さんがこれを委しく確認したうえで、台の上に広げて一般の参詣者に公開します。

 日蓮聖人のご真蹟を拝しようと、この日に遠方から訪れる人々が、このところずいぶん多くなりました。開扉の前から長い行列ができるほどで、時折ご真蹟についての簡単な解説をすると、興味深く聞いていただけて、うれしく感じることがあります。なかには、ずいぶん真剣な質問をなげかける人もいて、法華経の伝道にはとても好都合な場でしょうし、『法華』の購読者を広げる格好の機会といえましょう。日蓮聖人のご真蹟を前にして、互いに信仰を語り合うということは、法華経の教えにかなう行いにちがいありません。しかし、ご真蹟を前にできる時間はまことに短く、十分にその感激にひたれませんが、これも会場が狭いという致し方ない事情によります。

 午後二時になると、法華会の方々も聖教殿に集まって、いよいよ閉扉の準備が始まります。開扉とは逆の手順で儀式が進行し、一時間後には外の大扉が閉まって、一日の行事がすべて終わります。

 中山法華経寺聖教殿のこのような開扉には、法華会の方々は大勢で参加されて、それぞれ重要な役割を果たしてこられました。法華会の年中行事についてみても、聖教殿の「お風入れ」という行事は、一年のクライマックスといっても過言ではないでしょう。とくに聖教殿に納められているご真蹟には、教学の根幹をなす書物や書状が多く、質量ともに他に例を見ないほどですから、聖教護持という法華会の役割は高く評価されなくてはなりません。

 近代になって、日蓮聖人ご真蹟を護持するための事業が、いろいろと企てられ実行されてきました。そのなかで、法華会の聖教殿の建設と護持への参画は、立正安国会の『日蓮大聖人御真蹟』の編纂事業とともに、異彩を放つ業績であることはいうまでもありません。それは、日蓮聖人のご真蹟を永遠に護持し、その肉筆に触れて感激を新たにするとともに、その教えをさらに深く学び理解するという営みの基となることはいうまでもありません。この伝統は、将来いつまでも守り続けて頂きたいと、熱望する次第です。

 機関誌『法華』には、「ご真蹟を観る」というテーマで、写真を掲げた解説を掲載させていただいています。手許にあるご真蹟の写真を集めたり、立正大学図書館の書庫からコロタイプ版の写真印刷を探したりで、写真の調子を合わせながら、原稿を執筆しています。長い間の編集を担当された山形晶子さんには、いつもご迷惑ばかりかけて、恐縮しています。月末になると、必ず催促のお電話をいただいて、大慌てでワープロに向かうという習慣でした。

 このたび、これまでの記事を整理して、臨川書店からご真蹟についての本を二冊ほど、続けて出版することになりました。よく考えてみますと、ここまでまとめることができたのは、山形さんの催促の賜物と、ありがたく感謝しています。森田さんのご意向からすると、まだまだ続けなくてはならないようですが、大方のご愛読をお願いする次第です。執筆の過程で、思わぬ発見や理解の仕方がわかることが多く、執筆をしながら勉強ができて、とても有意義に感じています。

 文章は、文語文を用いずに、「です・ます」調の口語文にしました。はじめのころは、なかなかなじまなかったのですが、だんだん慣れてくると、文意がかえって確実に表現できるようになり、結果的には成功したようです。原文と釈文も読みやすいように部分的に改変しましたが、この試みは誤解を生むことになり、やはり正確を期すべきだと悟りました。今後は、このような方針で執筆を続け、折を見ては一冊にまとめてみたいと思います。

 一昨年から、身延文庫に所蔵されている典籍の調査と、図書目録の作成と刊行を実施しています。この過程で、日朝上人の著書を大量に読む機会があり、詳しい奥書を味読しています。上人が今の私と同年輩の時期に、「老眼を拭って書写し奉る」「老眼・老苦・老病」「寸陰黙視しがたき故これを注す」などの文言を、著書の随所にしたためられています。残り少ない老いの身に、寸暇を惜しんで著作に励まれた日朝上人の姿がここにあり、大いに啓発され励まされました。

 法華会は、その出発の時から、知的信仰集団としての性格をもち、この方針をもとに九十年の伝統を培ってきました。その中心となる意義深い事業は、聖教殿の「お風入れ」に象徴されるように、日蓮聖人のご真蹟を未来永劫に護持し、その教えの中に参入することにあります。次の百年記念を目指して、豊かな信仰と研鑽の営みを祈念してやみません。
    
宝殿門
中山法華経寺の聖教殿へ至る宝殿門と桜
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